ガラスの棺 第34話


割り込んできたその通信から、威厳のある低く冷たい懐かしい声が聞こえてきて、全身が泡立った。

『皇カグヤ、超合集国議長の座を明け渡してもらおうか。その席は、私のものだ』

心臓を握りつぶされたような衝撃に、行きがまともにできなかった。
そうだ、6年前にゼロの手で命を落としたユーフェミア・リーブリタニアを名乗る女性がもし本物だったとしたならば、こうなる可能性があったのだ。
それを失念していた神楽耶は、顔を青ざめた。

***

ガラスの棺の中で眠り続ける黒髪の麗人は、新緑の髪の少女のくちづけを静かに受け入れた。やがて少女がその顔を離したが、麗人は変わること無く眠り続けていた。
まるでおとぎ話でお姫様を目覚めさせるような方法に驚いたが、男女の立場が逆とはいえ、美麗な二人が行うそれは、神聖な儀式のような美しさがあった。
だが、C.C.の顔が離れても、ルルーシュには変化がなく、彼女は眉をしかめルルーシュを見ていた。おそらくはこの方法であのユーフェミアが生き返ったのだ。
ならばルルーシュにも可能性はあるはずだが、やはり駄目なのか。
期待の眼差しは時間とともに絶望に変わっていった。

「・・・駄目なのか、ルルーシュ?ユーフェミアは地獄に落ちる覚悟で戻ってきたぞ」

もう一度試そうと、顔を近づけたC.C.の肩に手を伸ばし、止めた人物がいた。
見るとそれは、仮面に手をかけたゼロ。
ギミックが作動し、栗色の髪の毛が仮面の下から現れた。
口元を覆いっていた布を下ろすと、ルルーシュへとその顔を迷わず近づけた。

「お前がしても意味が無いだろう!」

慌てて止めに入ったC.C.だが、力で勝てるはずもなく、スザクの顔はルルーシュへと近づくと、その耳元に唇を寄せた。次の瞬間、ゼロからスザクの顔に戻り叫んだ。


「ルルーシュ、大変だ!ナナリーが泣いてる!!」

あ。
そう思った瞬間、背筋が凍えるほどの恐ろしい声があたりに響いた。

「・・・ナナリーが、泣いているだと?」

その声は小さくかすれているが、そこにいる全員の耳に届いていた。
動かぬ死体だったはずのルルーシュの唇は僅かに動き、深く息を吸うと同時に、固く動かなくなっていたはずの腕をスザクの襟首に伸ばし・・・締めあげるように掴んだ。

「どこの誰が泣かせたって、スザク?いや、それよりもそんな状態のナナリーを置いて、お前はなぜここにいるんだ!!!!」

ぜえはあと苦しげに息をしながらも、流れるように言葉を紡ぐ。
そしてようやく開かれたその瞳は、血のような赤さではあるが、間違いなく生きた人間の光を宿していた。
正直言うと半信半疑だった。
そんなことで死者が蘇るはずなど無い。
だが、可能性が僅かにでもあるならと思っていたが、まさか本当に目を開くとは。もう聞けないはずの声、見れないはずの瞳。それはスザクだけではなく、回りにいる者達の感情を揺さぶるには十分すぎるものだった。

「・・・ルルーシュ・・・ルルーシュっ!!」

スザクは震える声でルルーシュが掴んでいた指を素早く解くと、未だ横になっているその体を抱きしめた。ひんやりと冷たい体に、思わず全身が泡だった。保存装置の冷却効果で冷えきっているため冷たいのだが、このままではまた死んでしまうという恐怖を感じ、慌てて抱き上げ棺から出し、ルルーシュを抱き抱えたまま座った。

「ルルーシュっルルーシュ!!わかる?僕がかわるの!?」

改めて顔を覗き込むと、苛立ちと怒りと困惑を混ぜたような表情でこちらを見返していた。イレギュラーに弱いルルーシュは、周りの状況に困惑しているのだ。

「ルルーシュ!?まじかよ!マジでお前生き返ったのかよ!!」

リヴァルは慌てて駆け寄ると、スザクの正面にしゃがんだ。涙を流しながら笑顔で自分を見下ろすスザクと、同じく涙を流しているリヴァルに、ルルーシュは眉を寄せ口を開こうとしたのだが。

「まて、ルルーシュ!お前は今喋るな!」

完全にスザクに持って行かれてしまったC.C.は慌てて周りを制止した。
何事だとC.C.を見ると、彼女は何やら小箱を取り出した。

「コンタクトレンズだ」

どけ、とリヴァルを押しのけたC.C.は、なんでここにお前が!?と困惑しているルルーシュの目をこじ開けて彼の本来の色であるロイヤルパープルのカラーコンタクトをつけていった。ルルーシュはギアスがむき出しなのだと気づき、されるがままになっている。真紅の瞳が紫に変わりようやくC.C.は息を吐いた。

「具合はどうだ?」
「・・・寒いな」
「それはそうだろう。今まで冷蔵庫の中にいたようなものだからな」

何だそれはと、ルルーシュは眉を寄せた後ハッとなった。

「それよりもナナリーは!?泣いているとはどういうことだスザク!!」

自分のことよりもナナリー。
相変わらずのシスコンぶりに、皆苦笑するしか無い。
泣き笑いの顔を向けられ、蘇生したばかりの脳は状況を判断できず混乱し続けていた。そもそもどうしてスザクとC.C.が、いやミレイとリヴァル、ニーナにシュナイゼルまでいるんだ?ロイドとセシルも。スザクはゼロの衣装だと!?何なんだこの状況は、しかもナナリーが泣いているだと?これは夢か?悪夢か!?そうかこれが地獄かなのか。よくもナナリーを!

「落ち着けルルーシュ。事態はお前が思っている以上に深刻で、お前にとっては残酷な話だ」

そう前置きをしてからC.C.は簡潔に現状の説明をした。
ルルーシュの墓が暴かれたこと。
ルルーシュの遺体をめぐり超合集国とブリタニア、いや、カグヤとナナリーの間で醜い争いが起き、今はここ日本海上で戦闘が行われていること。この新生アヴァロンはナナリーが使用したフレイヤにより大破し、海に着水したこと。
ルルーシュの遺体はルーベンが保存していたこと。
そして同じようにユーフェミアの遺体も保存されていたこと。
ルルーシュとユーフェミアが生き返ったこと。

ガラスの棺を作り、ルルーシュを保管したのがルーベン・アッシュフォードだと知ったミレイは驚き声を無くし、あの学園がヴィ家を守るためのものだったという言葉に、リヴァルはぽかんと間の抜けた顔をした。
ルルーシュはナナリーがそんなことをするはずがないと疑っているフシがあったが、円形に消滅した艦橋の壁と、今集まっている面々、胸を貫かれ死んだはずの自分がここにいる事実から、批評家の自分が彼らの言葉に納得しているのを感じていた。そう、証拠は揃っている。疑っているのは、あの優しいナナリーがそんな恐ろしいことをするはずが、言うはずがないという感情によるものだ。
あれから5年の歳月がたっている。
乱暴者のスザクが、7年で別人のように大人しくなったように。
あの優しかったナナリーが、5年で別人のようになっていても不思議はない。
きっとなにか深い理由があると思うが、過程はどうあれ争いは起きている。
まずはそれを鎮めなければ。

「手をかせ、C.C.」
「・・・ああ、解っている」

未だスザクの腕に抱かれていたルルーシュが協力を呼びかけると、C.C.は迷うことなくルルーシュの手を掴んだ。
5年もの間冷やされ続けた体は、先ほど奇跡的に動きはしたが、普通であれば言葉を発することさえ出来ないほど筋肉が凝り固まっているはずだった。それでもルルーシュが無理やり動こうとしていて、無理だと皆は思ったが止めることが出来ず、C.C.は手に力を入れたのだが。
繋いだ手をペシリと叩き、払いのけた者がいた。
この状況を壊す人間などただ一人。
不愉快そうに顔を歪めたスザクだった。

「何をするんだ、スザク」

咎めるようにいうと、スザクはますます眉を寄せ、ろくに動けないルルーシュの体を抱く腕に力を込めた。

「こんな動かない体でどうする気だ」
「この争いを止めるにきまっている」
「どうやってだよ」
「どうにかする。邪魔をするな」
「邪魔するに決まってるだろ!」

スザクはルルーシュにそう言いながらも、視線はC.C.に向けていた。
睨んでくるスザクを、C.C.は冷めた目で見つめている。

「何かやるなら僕が協力する。それ以外は認めない」
「何だ、そいつが戦場に出るのが嫌だとか、動けないのにという話ではなく、ただの嫉妬か?醜いな枢木スザク」
「は?嫉妬?何を言ってるんだC.C.。スザクいいから離せ」

睨み合うスザクとC.C.。
スザクの膝に座り抱きしめられているこの状況は居心地が悪いし、皆に見られているから早く降りたい。何より争いを終わらせなければいけないのになんで喧嘩をしているんだと不愉快そうなルルーシュ。

「えーと・・・ええ!?」

状況をようやく飲み込んで驚くリヴァル。

「そ、そうだったんだ、スザクくん・・・」

頬を赤らめ、同志を見つけたという視線を向けるニーナ。

「ふむ、我らの王を守る方法を考えなければいけないね」

笑顔だが、内心どす黒いことを考えているシュナイゼル。

「そんなことより、陛下のお体を検査したいんですけどねぇ」
「そうですね、普通のお体ではありませんから・・・」

純粋にルルーシュの体を心配している科学者二人。

「ふふふ、楽しくなってきたわ~」

そんな様子をにこやかに笑いながら、ミレイはこっそりと記録していた。

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